ドミノペーパー ー18世紀フランスの壁紙の歴史ー

更新日:2020年12月11日



最近日本にも上陸してきたドミノペーパー。18世紀ロココの美姫の名に由来したその名はアントワネット・ポワソン。歴史遺産の修復を学んだ3人の若者が、18世紀フランスの印刷技術を用いて復活させた美しい32X42cmの装飾紙は、そのノスタルジックなデザインと色で、国内外のバイヤーが大注目。ラ・デュレやジアンなど、誰もが知る一流ブランドとのコラボや、オリジナルの香水を販売するなど、その快進撃が止まらない。




そもそもドミノペーパーって? 中国から初めて印刷された装飾紙がヨーロッパにもたらされ、フランス国内でもそれに類似した印刷が始まった。その歴史は17世紀にまで遡り、もともと遊戯カードなどを作るドミノティエと呼ばれた職人たちによって広められた。木のブロックでモノクロームで幾何学的なデザインを紙に写し、その後絵筆やステンシルを用いて色を重ね、装飾性の高い花模様を加えることにより新しいモチーフを次々と産み出していく。その用途は多岐にわたり、壁装飾の他、家具や箱、装丁前の本など身の回りの小物に用いられるなどしてドミノペーパーは広く世に普及したという。




美術館や個人の収集家の手元に残る作品はもっぱら箱や本などの小さいものばかり。壁装飾の実例を探してみたものの、紙そのものの耐久性を考えると、当時のドミノペーパーで飾られた壁が数百年を経た現代にまで残されているとは考えにくい。それでも様々な資料を調べていくうちに、まさに私たちが知りたい当時の様子を活き活きと伝えてくれる文献が見つかった。あのディドロとダランベールの『百科全書』である。





マダム・ポンパドゥール(=アントワネット・ポワソン)のサロンにも出入りしていた啓蒙家ディドロの出版したこの『百科全書』は、18世紀当時の科学や技術全般に渡る貴重な情報の集大成である事はいうまでも無いが、何よりも素晴らしいのは、イラストをふんだんに用いて解説していることだと思う。そのため、文盲の一般市民でもフランス語がわからない外国人でも、当時ドミノペーパーがどのように作られ、どのように壁に貼られたかが手に取るようにわかるのだ。(※以下、サムネイルを含め画像は拡大して見ることができます。)



ドミノペーパーの解説は7ページにわたり、各ページは4枚のイラストで構成されている。最初のページでは印刷前の紙やデザインを彫られた木版がどのようにテーブルに設置され、職人たちが工房でどのように作業していたかが詳細に示されている。職人は複数人描かれ、それぞれがどのように道具を使っているかも明確だ。2ページ目には、印刷に使われる道具の種類、印刷の細かな行程、職人それぞれの作業の一部始終が描かれている。言葉で説明されてもなかなか頭には入らない流れがイラストですっとイメージできる。


3ページ目。1番目と2番目のイラストは紙を乾かし下絵が印刷された紙に女性が色付けする様子が描かれている。3番目はパリ5区のサン・ジャック通りの当時の通りの描写も細かい。大学のあるこの地域に当時の印刷業者が集められたという雰囲気が伝わってくる。そして4番目のイラストでは、いよいよドミノペーパーを壁に貼るために、職人たちが壁表面の傷を埋めたり、煩雑物を取り除いたりして下地を綺麗に整えているイラストが登場する。



壁に美しくドミノペーパーを貼るためには、まずどの場所にどの柄のペーパーを貼るのかを考えて、間違いのないように、鉛直(重りをつけた定規)を用いて垂直線と水平線を引き、正確な配置を記していく。またドミノペーパーはそのままのサイズで配置されるだけでなく、貼られる場所に応じて細長い形に予め裁断されている事がわかる。



このイラストでは、多人数の職人が糊付けされたドミノペーパーを順々に壁に貼りつける共同作業の様子が描かれている。壁紙は必ず上から下への順番で貼られ、細かな処理が必要とされるコーナーやボーダー部分は最後に仕上げられている。ドミノティエとは印刷工に止まらず、こうして室内装飾の施工までも請け負うマルチな技術を備えた職人である事がよくわかる。



6頁のイラストではさらにより複雑な作業、タペストリーの下の腰板部分に貼る作業、天井の梁の間に貼る作業、くぼみ壁の中に貼る作業などの様子が示されている。中に施主と思われる上流階級の身なりをした男女の姿も見られるので、きっとデザインの指示を与えていたのだろう。インテリアの細かな注文が直接クライアントから出されていた様子が伺える。




7頁、最後は、一般的ではなく、より繊細で高度な作業の様子、例えば、床に立てる屏風に壁紙を貼ったり、暖炉周りに大理石柄の紙を貼ったり、壁紙の下に布を入れてタペストリのような凹凸を出す工夫をしたりする貼り方の一つ一つを克明に紹介している。





いかがだろうか。フランスの室内装飾の歴史を知る上で重要なドミノペーパー。歴史遺産の修復を学んだ3人の若き起業家によって、今やパリの至るところで18世紀のノスタルジックデザイン、モチーフが溢れてるようになってから既に数年。そのサクセスストーリーはさまざなメディアで紹介され、18世紀の遺産ドミノペーパーの普及を後押ししている。私は今年1月ご近所の6区ジャコブ通りのブティックで初めて現物を目にしたが、ボン・マルシェやモノプリにも特設コーナーがあるらしい。さらに知りたい人は、ぜひ、パリ市内11区にあるアントワネット・ポワソンのアトリエ&ブティックへ。その場で壁紙のみならず、そのデザインを用いた様々なオリジナルグッズを購入する事ができるだけでなく、18世紀の家具や道具で飾られた作業場を実際に見る事ができるらしい。とはいえ、コロナで旅が儘ならない2020年は、行ってみた気になれる疑似体験ができるので、こちらの動画もお勧めだ。