パリジャンたる者の資質

更新日:2020年11月30日



19世紀末ベルエポックのパリ。華やかで活気溢れるパリの街で、その街に住む男女と同じように素敵な恋をしたいと願う外国人はたくさんいただろう。映画『フレンチカンカン』の登場人物、アレクサンドル王子もその1人。羊とタバコ、そして薔薇を特産物とする国の跡取り息子は、物静かな青年紳士で究極のロマンチスト、モンマルトルに住む1人の若い踊り子に恋をして、彼女の心を得るためならば、お城でも宝石でもどんな我儘な願いでも叶えるこことを約束する。横槍が入って頓挫した工事半ばのムーラン・ルージュも、それが踊り子の一番欲しいものとわかった途端にすぐさま買い取ったほどだった。



優しくて、誠実でお金持ちな王子。でも外国人の彼はパリ育ちのニニの心を自分に向かせることは結局できなかった。その理由は何だったのだろう。ニニが恋したジャン・ギャバン扮するダングラールは、やや小太りの中年でお世辞にもハンサムには程遠い。それでも男性からも女性からもモテるダンディーで、生粋のパリジャンであることは揺るがない。一方ダングラールの元カノローラも、無名のモデルだった時に彼に見出されて舞台に立ち、その美貌で社交界の女王に昇り詰め、ダングラールとの仲を保ちつつも事業家のヴァルテル男爵を手玉にとるまでとなる。大臣や並居る貴族やブルジョワ紳士を膝まづかせた彼女の魅力はきっと美貌だけではなかったはず。彼らの他を圧倒する魅力は、一言で言うと、自分の欲しいものに対して忠実で貪欲であること。そしてその欲望を隠さず、自分の気持ちを言葉で表現し、ウィットに富んだ丁々発止の会話ができること。この映画を観ていると、それこそがパリジャン、パリジェンヌの面目躍如たる資質なのではと思えてくる。


フランス映画の主人公たちは、ごく少ない言葉でも雄弁だ。映画の中の印象的なシーンから一つだけその例を挙げてみたい。ダングラールの気持ちが踊り子に移ったことを見てローラはあの手この手でムーラン・ルージュの竣工の邪魔をする。王子がニニのために出資者として名乗りでた時も、パリ社交界の女王様、ラ・ベル・アベスはもちろん黙っていなかった。わざわざ王子を連れてムーラン・ルージュを訪れ、稽古中の踊り子ニニに、実は興行主ダングレールの情婦であることを王子の前でとうとう白状させてしまう。しかし意外にもローラの勝利での幕引きとはならなかった。外国人の王子がここにきて感情のままに言葉を発したからである。

ニニの告白後のローラと王子、立ち去り際のローラとダングラールが交わした舌戦は、短いながらも、お互いの頬を平手で打つほどに辛辣だった。 以下、文脈に応じてやや詳細な訳をセリフにつけるとこんな感じになるかと思う。



Je suis désolée. L’opération était nécessaire. 「ごめんなさいね。この手術はどうしても必要だったの。」


コトが暴露される前に、ローラが王子に、「目は悪いようだけど耳はどうなの?」と言ったことに続いて、王子が見ようとしなかった事実(ダングラールとニニの関係)を、ニニ本人の告白によって聞かせるという荒療治を「手術」と表現。vousvoyerを使って丁寧に話していても、純朴で一途な王子を異国からきた半人前の男として見下した感がよく出ている。ローラの行いに対しての怒りで、初めて感情を剥き出しにした王子の次のセリフがこちら。


Chère Madame. Puis-je vous demander un autre grand service?「マダム、一つお願いをしてもよろしいですか?」

Foutez-moi le camp! 「私の前からとっとと消えてください!」


いつも通り最上級の敬語で切り出す王子。しかしながら次の一言は突然の鋭いパンチだった。英語で言うところの、「get out of my sight」にあたるこの表現は、かなりダイレクトな喧嘩言葉なので、温厚で物静かな王子の口から自分に向けて発せられたことに、ローラもさぞや度肝を抜かれたことだろう。それでも最大限の嫌味で応酬するのが、パリ社交会の女王様。


Votre français s’améliore, mon petit. Encore deux ou trois aventures comme celles-ci et vous ferez un Parisien tout à fait présentable!「あらフランス語がお上手になったこと。こうした経験をあと2、3回お積みなれば、あなたもさぞや立派なパリジャンになれるでしょうね!」


一見褒めているようにも聞こえるのだが、純愛を1人の女性に捧げようとする王子は、男女の色恋沙汰(aventures)が渦巻く街の女ローラにしてみれば男性として全くイケていない未熟者、ということになる。ここの部分、映画字幕はとても簡潔、無味乾燥で「手術が必要だったわ」⇨「頼みがある。出て行ってくれ」⇨「進歩ね。もう少し経験を積めば一人前よ」と「フランス語」も「パリジャン」も訳されていないので、そのあたりのニュアンスが伝えきれていない。言葉だけを追っても何のことかさっぱりわからないし、vousvoyerを使って会話しているのにぞんざいに過ぎ、二人の関係性も見えてこない。


次のローラとダングラールとの会話での日本語字幕もやや中途半端だったので、補足しておくとこんな感じだ。



Tu a quelque chose à me dire? 「何か言いたいことでもあるの?」


Oui, simplement que tu es la reine de garces, et que tu auras toujours un beau rôle dans mon spectacle. 「うん、一言。君は実に性格の悪い女王様で、俺のショーでその役をやったらさぞ適役だ。」


Mon pauvre petit, ton spectacle! 「あなたのショーですって!可哀想な人ね。」


まだ少し興奮気味のローラが、出口に立っているダングラールに立ち去り際にこう噛み付く。ダングラールは生粋のパリジャンダンディーなので、ごく穏やかに、でも彼女への非難を込めることを忘れずに、彼女のトゲのある立ち回りを的確に表現しているのだが、字幕の「娼婦役」はここでは意味をなさない。ここでの「la reine de garces」は、英語で言うところのbitch - ビッチ、「気が強くて誰彼構わず噛み付く嫌な女」の方がぴったりくる気がする。それに対して、ローラは、「ton spectacle!」の一言に、「そんな絵空事!」と、先ほどの流れでムーラン・ルージュの実現がまた白紙に戻ったことをここぞとばかりにあてこする。アレクサンドル王子からはややキツ目のパンチを食らったローラが、ここではダングラールの平手打ちに平手打ちを返す感じだ。


一言で相手の心臓を貫くほどの言葉の武器を持たねば、アバンチュール百戦錬磨のパリジャン、パリジェンヌにはなれない。そう納得した後で鑑賞すると、誰がフランス映画の主人公足り得るのかは一目瞭然だろう。ダングラールの心を自分に留め置くことが出来なかったニニも最後は全てを振り切ったような笑顔だった。彼女の女ぶりが上がるのはきっとここからなのだろう。


(この記事は11/28のウォッチパーティ映画『フレンチ・カンカン』のフォローに書いたものです。)